居待月

 部屋に戻ったが道満がいなかった。顕光はどこぞへ悪戯にでも行っているのだろうと高を括る。

 悪夢を見せてもあまり意味がなかった。道長がもっと憤慨すると思っていただけに、顕光は興が冷めた。もちろん、悪夢を見せている最中の道長の反応はなかなか愉快ではあったが。道長の矜持を踏み潰すようなことをしたいが、あいにく具体的な案が全く出ない。呪いはもう散々しているができる限り避けたいとは思っている。しかし、シュミレーターで演習など、サーヴァントに勝てるはずもない。私が唯一道長に届く武器が呪いなのだから、物理での戦いは敵わない。

 どうしたものか、と顕光はぼんやりと考える。関わらなければ、いないものと考えればいいだけではあるのだが、生憎そう簡単に割り切れるほどできた人間ではない。そもそも、このカルデアでは彼奴の方から関わってきたのだ。生前からできていれば、悪霊になどなっていない。道満の部屋を歩き回りながら頭を働かせる。ここにいるより、気晴らしに外に出た方が何かいい案を思いつくかもしれない。そう思い立った顕光は道満の部屋から出て、行く宛もなく彷徨うことにした。

 キン、キンと刀が床に当たり耳障りな音を立てる。ふらふらと目的なく歩くのは数日ぶりだった。すれ違うもの達は顕光を見ては挨拶や会釈をしてくれる。それに対して顕光も礼を返す。

 しばらく歩き続けるとカルデアの召喚室の前に来た。定期的に人の出入りのあるこの部屋には人だかりができている。何事かと思い近づくと道満の声がした。普段より幾分か声を張り上げて目の前にいる男に呪詛を吐く。白い狩衣に身を包んだ吊り目がちの男は笑いながら道満の呪詛を返す。一目見ただけでわかる。あれは、安倍晴明だと。

「ははは。久しぶりに会うというのに、早速呪いを振りまいて」

「晴明ッここであったが百年、否、千年目ッ‼︎呪い殺してくれようぞ!顕光殿お目覚めを‼︎

 術によって体道満のそばに招ばれるのを感じながら、此奴らはいつまで経っても変わらないなあと顕光は吐けない溜息をついた。

 

「ンンン‼︎晴明ッあああああ忌々しい‼︎顕光殿!何故止めたのです!」

 召喚室前で口論を繰り広げていた道満と晴明を宥め、拗ねる道満の手を引いて部屋に戻ってきた。ドンドンと、戦闘中に禹歩をする時よりも一段と大きい音をたてて地団駄を踏む。

 あそこであのまま呪いあえば被害が出かねないだろう、と伝えれば唸るように声を上げながら目を細める。鬼のような形相をした道満を宥めながら顕光はため息をついた。

 シュミレーターでも使うことだな、と思考を送れば道満の表情が一転した。シュミレーターを使えば演習というていで術比べができることをすっかり失念していたようだ。顕光は道満のそんな様子に笑いながら、どういった術を晴明にかけようか考えている様子を眺める。人が見たら怯えそうな悪い笑みを浮かべてはいるが、顕光から見れば子供が楽しそうに遊びに行くための準備をしているようにも見えた。

「顕光殿、晴明と戦う際にはお呼びしてもよろしいですかな?」

 許可などとる必要もないだろうに、この法師は顕光の許しがなければ呼び出すことをしない。すでに道満が取り込み、式神としての在り方を与えたのだから好きにすればいいと思う反面、道満らしいとも感じている。良いだろう、と伝えれば笑みを深め、顕光を含めた状態で策を練り始める。

 すると部屋のドアが開いた。

「道満、いますね」

 入ってきたのは晴明だ。先ほどようやく納めた道満の怒りがまた募り始める。立ち上がった道満が晴明を睨む。

「何用で」

「シュミレーターを使って演習をしても良いそうなので、おまえを誘ってみようかと。ついてきますね?」

「ンンン!いいでしょう‼︎受けて立ちましょう!その鼻へし折ってさしあげる!」

 ギリッと歯軋りをしながら道満が吠えた。晴明はにこやかな笑みを浮かべたまま、道満と語らいでいる。

「ああ、悪霊左府にはこの部屋にいてもらいたいのですがいいですか道満?」

 晴明の言葉に道満は疑問を抱いた。

「はぁ?何故ですか」

「私はそのままのお前と戦いたいからね。できれば取り込んだ二柱の神も使わないでもらいたいのだけど」 

「ンン、いいでしょう。使わずとも引けはとりませぬ……顕光殿、申し訳ありません。お待ちいただけますかな」

 道満の問いに頷くと晴明によって引きずられるように連れて行かれてしまった。

 また部屋に一人になってしまった。ぼんやりと部屋の隅を眺める。嵐のように去っていった二人だが、まあ数刻経てば戻ってくる。道満が負けるとは思ってないが、晴明に勝てるかと言われれば……

 再び廊下を歩き回るほどの気力もなく、このまま道満の寝台を借りて眠ってしまおうかと思い眠りにつく。ふかふかの暖かい布団は平安の世には無いもので、そこから起こされる眠りは非常に心地よかった。眠りは必要ない。しかし、心地よい。顕光は道満が戻るまでこの心地よさを独り楽しむことにした。

 

 道満が戻り、顕光が起きる前に二人目の来客があった。扉を叩かれる音が聞こえた顕光は、扉が開く前に寝台の端に座る。

「お邪魔します。あきみつさん、こんにちは!」

 扉から入ってきたのは小さな少女。癖のない金色の髪をもつ黒い服に身を包んだ少女。アビゲイルといったか、子供たちに混ざって時々目にしたことのある、優しい子だ。穏やかに笑う少女は顕光の座る寝台のそばまで近付き語りかけた。

「これからみんなでお茶会をするの。よければあきみつさんもきて!きっと楽しいわ!」

 顕光は驚いた。道満とともに茶会に参加したことはある。しかし、道満のついでだと思っていた。悪霊である顕光を茶会に誘うとは思っていなかったためだ。顕光は縦に頷き、喜んで誘いを受けた。

 少女の後を歩き、子供たちの集まる茶会に向かう。歌を口ずさみながら進む少女の足取りは軽い。一人で歩く時は寂しげなこの廊下も、どこか色づいて見える。楽しげに茶会に思いを馳せる少女に思わず笑みが溢れそうになる……、もちろん笑みを浮かべる顔などないわけだが。

 子供たちの集まる食堂は雰囲気が軽く、和気藹々としている。顕光が到着したのがわかると子供たちは挨拶をする。顕光もそれに応えた。

「では、お茶会を始めましょう!」

 テーブルに並べられた菓子、良い香りの茶、子供たちの笑顔がその場にはあった。その光景に顕光はほんの少しだけ自身の怨念から目を逸らすことができた。

 

 充足感と僅かな倦怠感を持ちながら顕光は道満の部屋に帰ってきた。部屋の主はすでに戻っており、どこぞから借りてきたと思われるサンドバッグを殴っていた。顕光にも気づかず無心で殴り続けている。

 どうかしたのか、と道満に伝えれば目を大きく見開いた道満が顕光に気がついた。

「あ、顕光殿……おかえりなさいませ。どちらに行かれておられたので?」

 子供たちの茶会に。そう答えれば「ああ、今日は茶会の日でしたか」と道満が納得したように呟いた。そのままサンドバッグを殴っていた手を下ろし、寝台の端に腰を下ろした。何かあったのか、荒れていた道満に尋ねた。すると思い出すのも忌々しいといったような表情を道満は浮かべた。

「聞いてくだされ顕光殿。晴明が儂を愚弄したのです‼︎

 道満はンンン、と唸る。道満を怒らせるとは、あの狐は来て早々何をやらかしたのか、顕光が呆れていると道満がまた口を開いた。

「拙僧を女子のように抱きたいと申したのです!これほど屈辱的なことがありましょうや!」

 道満が言った言葉に顕光は疑問を少し持った。此奴、いつも私を抱いていなかったか?と。しかし、顕光の疑念に気づかずに道満は続ける。

「ンンン‼︎なので腹を思いっきり殴ってから戻ってきました!」

 陰陽師とはそういったものだったか?、と少し疑問を持ち顕光は首を傾げた。道満は再び立ち上がり、サンドバッグを殴り始める。随分と荒れているようで、先程見た時よりも荒さが増している。それほどまでに嫌か、と道満に尋ねれば「ええ勿論!」と返された。やはり男としてはそういったことをされたくないというものだろうか。生憎、若くまだ位も低い頃に男色をしたことのある顕光からすればそこまで抵抗があるものではなかった。しかし、道満と晴明のような間柄では、確かにそのような扱いは嫌悪を示すものかもしれない。これは、道長にも当てはまるのでは。濃い霧のように頭に蔓延っていたものが急に晴れた。

 道長は顕光のことは強大な政敵としては見てはいなかった。だが、父は強大な政敵であり、道長の父を虐げるような事もあった。少なくとも道長は顕光のことを好んではいなかっただろう。なれば、私に陵辱されるのも、彼奴にとって相当の恥辱を与えうるのでは。顕光は先ほどの疑念を忘れて楽しそうに嗤った。ああ、道長はどのような顔を見せてくれるだろうか。

 

 悪夢を見せた日から二日たった。覚えてしまった道なりを進み、道長の部屋へ向かう。どのような反応をするだろうか。怒りを露わにするのか、混乱し恐怖するか、はたまた……

 霊体化して廊下を渡り、部屋の前までつく。晴明が来たなら結界が張られているかもしれないと警戒したが、難なく部屋の中まで入り込めた。

……従兄殿?」

 気配に気がついた道長が声をかける。体を起こし、こちらを見た。怪訝そうな顔をして言葉を続ける。

「斯様な時間になんのようだ」

 それに返事を返さずに体を縛るだけの呪いをかける。僅かに呻く声が道長から漏れた。ぐらり、と体が揺れて力なく倒れる。倒れた道長の鋭い視線が顕光を見つめている。

 道長の様子はどこか落ち着いていた。もしかしたら呪いに来ただけと思われているのかもしれない。悪霊である顕光が道長にある用などそれ以外当てはまらないだろう。

 顕光は寝台に倒れた道長に近づいて、服の上から道長の一物に触れた。僅かに道長の目が開かれる。瞳以外が動かせない道長の表情は変わることはない。しかし、動揺していることは手に取るようにわかる。

「なに、少しお前で楽しもうと思ってな」

 服を乱暴に暴き、道長の肌を曝け出させる。はだけた部分から、強い黒方の香りが漂った。愛撫などするつもりもない。ただ此奴に屈辱を味合わせたい。

「舐めろ」

 そう言って口の中に指を押し込む。舐めろ、などと言ったところで体が動かせるわけではない。苦しげな道長をよそに強引に指を口腔へ押し込む。歯肉を、頬の裏を、喉奥を、蹂躙する。十分に唾液を絡ませてから、指を抜き取る。道長の口から涎が溢れる。

「はしたない」

 道長の目が顕光を睨む。力なく、顕光にされるようにしかならないだけの存在に成り果てた道長の姿は酷く愉快だ。顕光はもう一度手を道長の口に押し込んだ。幼児の遊ぶ玩具のように、顕光が手を動かす度うめき声をあげる。動きもしない舌を捕まえて口の外に引っ張り出す。空気に晒された舌は赤く、涎によって濡れている。それが異様に美味そうだった。

 道長の目が痛みによって大きく開く。顕光が道長の舌を噛んだためだ。深く歯形を残された舌は涎に赤い色を混ぜて二人の間を雫となって落ちる。

 道長の唾液に濡れた指で道長の菊門を輪を描くように触れた後、小指を少し奥へ挿れる。骨張った小さい小指だが、内部の肉は小指をキツく締め付ける。これは時間がかかりそうだ、と顕光は思った。

 平安の時代の背景から、男色の経験が全くないとは言い難いが、少なくとも嗜んでいた噂はなかったはずだ。顕光はぐちぐちと後孔を弄る。

 本来、そういった用途では使わない器官が、無理矢理顕光によって弄ばされているからだろう。道長は驚いたようにこちらを注視する。顕光の手で弄ばれていることが信じられないのだろう。

 少し馴染んだ後孔から小指を抜き取り、示指を挿れる。まだ狭いそこを慣らすように指を動かし、好い場所を探す。痴態に耐えきれぬのか、道長は目を硬く閉じていた。それに少しばかり悪戯心を擽られる。先程より激しく指で肉を掻き回せば、道長の腰が少しばかり動く。息が荒くなり、苦痛だけの顔に僅かに色が混ざり始める。

 ぐり、と顕光の指がしこりを押した。前立腺、と言ったか、道満がこちらに来てからしつこく顕光のそれを更に感じられるように弄り回された記憶がある。それを頼りに道長の肉壁を押せばほんのわずか身動ぎをする。まだ快楽を伝えないことに顕光はほくそ笑んだ。このような場所で、女子のように乱れたならば、道長はそれこそ苦汁を飲むような心地であろうな。

 柔らかく掠め、強く圧迫し、少しづつ刺激を加えていく。すると道長の体がぴくぴくと痙攣するように跳ねた。道長の肉棒は萎えており、快楽を感じているようには見えない。

 道長の萎えた肉棒に手を伸ばして弄ぶ。触れるか触れないか、もどかしさを感じさせるように指でなぞる。僅かに反応を見せるそれに顕光は笑った。

「苦しいか、道長?」

 顕光がそういうと道長は閉じていた瞳を開けこちらを睨んだ。誰のせいで、とでも言いたげな目は抑制にはならず、むしろ顕光の加虐心を昂らせるだけだった。体を動かすこともできず好きなように弄ばれて、ただ睨むことしかできない哀れな男。恨めしい男も今ならば少しは可愛げがあるようにも思える。

 後孔を弄んでいたが、だいぶ指も乾き締め付ける後孔を弄ぶことが難しくなった。唾液だけであったので仕方がない。しかし生憎潤滑剤など持ち合わせてはいない。もちろん、痛みがあっても問題はないのだが、些かこのかわいた指では動かしづらい。さてどうするか……と顕光が悩んでいると、もう片方の手が弄ぶ肉棒からたらり、と透明な汁がつたうのが見えた。ああ、ちょうどいいものがあった。

 顕光は後孔から指を抜く。くぽ、と音を立てて閉じる孔に僅かな興奮を覚えつつ、両の手を肉棒へ向けた。片手で肉棒を扱き、反対の手で鈴口の周りを弄ぶ。鈴口から汁を零しながら快楽を受け取るそれは、悪霊に触れられていながらも十分な硬さを持ち始めていた。

 顕光は不思議に思った。顕光は染み出す瘴気を抑えられるほど器用ではない。僅かながら、道長の触れている部位から呪いが伝わっているはずだ。だというのに、道長は萎えるどころか硬さを増すばかり。少しばかり快楽に弱すぎはしないだろうか。

 亀頭を指でなぞり、陰嚢までつぅ、と指を進める。するとピクピクと痙攣したように肉棒が震える。面白いほど正直に反応するそれに思わずにほくそ笑む。

 道長の顔を見れば固く目を瞑りこちらをみないようにしている。

「道長」

 呼びかけるが、返事はない。こちらを見ないようにしているらしい。普段のすまし顔は消え失せ、汗ばみ堪えるような顔を浮かべている。ああ、もっと屈辱を与えたい。

 片手で上下に動かすように肉棒に触れ、反対の手で鈴口をなぞった。

 口淫でもすれば道長も簡単に快楽に負けたと思うのだが、生憎今日は普段の身のまま。使えるものは手だけだった。道満に体を作らせるべきだっただろうか。しかし、あの執着深い道満が顕光が道長のもとへ行くことを快くは思うまい。それが以前のような酒の飲み交わしではなく、今宵のようなことであれば尚のこと。

 考え事をしながら道長の肉棒を弄んでいると、白濁の液が顕光の手と道長の体に飛び散った。

「悪霊に触れられて子種を出すとは」

 揶揄うように言えば道長は目線をこちらに向けて睨む。他の貴族共を慄かせる鬼迫があるが、主導権はこちらにある。何ら恐れることは無い。

 飛び散った僅かな粘りのある液体を潤滑油代わりに後孔へ指を挿れる。達すれば終わると思っていた道長は目を開いて驚いている。ぐり、と再び前立腺を刺激すれば僅かに肉棒が反応する。

「さあ、楽しませてくれ」

僅かに開くようになった菊門に次の指を挿れた。


 ぶち、と僅かになにかが破れるような感覚がした。指の先から感じた違和感は目を向ければ直ぐにわかった。道長の後孔から鮮やかな赤が伝っている。三本目の指を入れたのが原因か、それとも潤滑油の用意がなかったことが原因か。恐らくそのどちらもだが血が流れた如きで顕光は止めるつもりはない。むしろ血が出たのなら、多少の潤滑油の代わりになるだろう。

 前立腺を潰すように指で押せば快楽を押し殺そうとする声が上がる。指をバラバラに動かして肉を開かせればいやらしい水音と共に僅かな喘ぎ声があがる。血によって滑りが良くなったのをいいことに四本目を入れる。

 金縛りはまだ効いており、道長に身体の主導権は移らない。痛みを感じるのか顕光を睨んでいる。触れられている部分、特に菊門は呪いにより黒く変色し始め、先程から呪いに耐えられなくなってきているのか口から血の混じった淡い赤色の痰が吐き出される。

 白濁液の独特の香りと、鮮血の鉄の香りが混じり、不快な香りを漂わせる。練香でも焚いていればもう少し誤魔化せただろうが。ぐちゅ、ぐちゅと弄りつづけ、四本の指が馴染むほど肉の孔が開いてきた。前立腺を嬲れば僅かに腰が震え、喘ぐようになった。一日目にしては十分すぎるだろう。

「今日はここまで」

 そう言って後孔から指を引き抜く。血と白濁液に濡れた指を懐紙でふき取った。匂いまでは取れないが致し方なし。後ほど体を清めよう。霊体化し姿を消す。それと同時に道長にかけた金縛りを解く。道長は金縛りを解かれても動くことは無かった。息を荒らげてこちらの方を見るばかり。


 明日もまた来る。


 霊体化したまま、言葉だけかければ道長は僅かに目を見開いた。返答はない。それもそうか、と思いながら顕光は部屋を抜けた。