臥待月

5臥待月


 道満の部屋では顕光が一人、音を立てながら何かを作っていた。

 顕光は手際良く陶器に素材の香原料を注ぎ込み、乳棒で混ぜ合わせる。白檀や沈香、蜂蜜。様々な原料の香りが部屋の中に香るよう漂う中、顕光は思考に浸っていた。

 道長に復讐する手段として犯したが、予想より効いているようだ。カルデア内で会った時も以前であれば執拗な程絡んできたものの、今では道長の方から顕光を避けるようになってきている。顕光としてはとても気分が良かった。

 道長を弄ぶのは心地よかった。指を挿れただけではあるが、それでも面白い反応が見られた。狭く、人を受け入れたことなどないように思わせる肉の管。初めは指を入れただけで苦しんでいたというのに、終いには子種を零した。ああ、苦痛に歪む面持ちから悦楽へおちていく様はなんと甘美なこと。

 慣れた手つきで練香を作りながら、次はどうしてやろうかと考える。暴れる可能性もなくはない。金縛りは使わなばならないだろう。犯している最中に呪詛を与え続けてみるか?道長が苦しむことほど愉快なことはない。張形でも使おうか、指だけではつまらぬし入手しようと思えばできないこともない。道満がこっそり作ったレオナルド・ダ・ヴィンチの収納袋とやらを模造したあずま袋、あれを使って戻れば誰にも知られることなく回収できる。周回に連れ出されたあとに自由時間がある。戻る際にさっさと道満の内に戻れば問題ないだろう。

 新しい楽しみを見つけた顕光は丸薬のようにした練香をまとめ、銀細工の小さな箱の中へしまい込んだ。練香

を作る道具たちを洗い、先程とは別の木箱へしまい込む。

「何をしてるのかしら」

 落ち着いた、儚げで、鈴の音のような子供の声が聞こえた。

「一体何に使うものなのかしら?教えてくれるかい?」

 宙に浮かぶようにいたのは輝ける星。金の髪を持つ幼い少年は、キラキラと好奇心で目を輝かせていたのが目に入った。たしかボイジャーと名乗る少年だったはずだ。一体いつ部屋に忍び込んだのか。顕光が物思いにふけるばかりに全く気が付かなかった。澄んだ空色の瞳は黒い顕光の姿を写す。

 紙に書いて説明するよりも見せた方がいいだろう。顕光はそう思うと木箱から砧青磁の聞香炉を用意する。香炉灰を聞香炉の中へ。空気を含ませるように灰を軽くかき混ぜ、表面を軽く整える。

 ボイジャーはじっと顕光が用意するのを長めていた。これから何が起こるのだろう、そういった興味が彼の目を煌めかせていた。

 香炭に火をつける。火は己が使うだけなら、憎悪の火を指先に起こして香炭につけてもいいのだが、此度はボイジャーもいるのでマッチでつけることにした。香炭を香炉灰の上に置き、火がまわるのを確認する。火がまわったなら、細い棒状の香筋を使い香炭を灰の下へ埋める。埋められた香炭のそばへ、丸薬上にした練香を落とす。暫くすると顕光が慣れ親しんだ菊花の香りが二人の間を漂う。

「甘くて重い?初めて嗅いだ。不思議な香りだね」

 聞香炉に顔を近づけてすんすん、と嗅ぐ少年。顕光は興味津々といった様子の少年に思わず式札に描かれた目を細めてしまう。

「落ち着くいい香りだね」

 そう言って顔を上げた少年の頭を撫でる。

 先程まで邪なことを考えていたのが嘘のようだ。和やかな雰囲気が二人を包む。ボイジャーが香りの次に道具をじっと見ている様子に気がついた。

 ボイジャーに練香の作り方を教えてもいいかもしれない。施設は充実しているとはいえ子供の楽しみの少ないノウム・カルデアだ。新しいものを知る機会は多いものの、こういった平安貴族の練香の作り方を知るものは数えるほどしか居ない。それも作り方を知っていても、必要とされないカルデアで今も作り続けているのは顕光か、道長ぐらいなものだろう。

 作るか?と近くにあった懐紙に文字を綴る。するとボイジャーは無言でコクコクと頷いた。

 

 出来上がった練香は、顕光がつくるよりも柔らかい香りがした。ボイジャーにとっては初めての練香作りだったが、手先が思ったよりも器用で丁寧に作り上げることが出来た。

 完成した練香と聞香炉、楽しむ為に必要なものを貸し与え、ボイジャーが部屋に戻っても楽しめるようにした。小さな腕で抱き抱えるように道具の入った箱を持ち、「ありがとう」と笑んで部屋を出たボイジャーを見送る。廊下の角、姿が見えなくなるまで時々振り返っては手を振るので、顕光もそれに手を振り返した。廊下にいたサーヴァント達が微笑ましそうに見てくるのを目の端に捉えた。

 悪霊らしからぬことをしている。

 ふと、そう思った。呪いを振りまくわけでもなく、貴族でもない子供に練香の作り方を教えた。貴族の嗜みでもない、ただの興味を持ったひとつとして。

 私は、悪霊であるはずだ。

 呪いを振りまき、人を苦しめる。ただそれだけをなせばいい存在。それだけを行う存在。自我はあくまで付属品のひとつに過ぎず本懐は呪うだけのはず。

 私は、おかしいのだろうか。

 いつも顕光の疑問に答えてくれる法師は生憎近くにはいなかった。


 思慮に浸りながらふらふらと廊下を渡り歩く。足を貫いた剣のキンキンと耳障りな音は廊下の遠くまで響いている。悪霊であることには相違はない。そうあるように今の在り方を道満が作り上げたのだ。しかし、今の生活はあまりに悪霊とは掛け離れたている。まるで生きている人間とさほど変わらないような……

 目的地もなく歩いているとあの場所に着いた。道長の部屋の前だ。昨夜「明日また来る」との旨を道長に告げていた。まだ閨に行く刻としては早すぎるぐらいだが、まあ入っても問題ないだろう。顕光はドアの壁を通り抜けた。

 部屋に道長はいなかった。以前はシミュレーターで平安の屋敷の作りにも似せていたが、今は主が居ないため起動させてないのか、空き部屋のような簡素な部屋がそのままになっていた。帳台はなく、西洋の寝台があり、机と棚があるだけ。生活感のない部屋に入る部屋を間違えたかと思った顕光が外に出るが、道長の部屋で間違いはないようだった。

 壁に手形でも大量に付けるなど悪戯でもしていこうか、それとも待ち伏せて帰ってきた道長を金縛りにしてしまおうか、ぼんやりとそんなことを考えていると道長が帰ってきた。部屋の主は顕光を見つけると驚いたように目を見開いた。

「左大臣殿、」

 戸が閉じたことを確認してから道長に近づく。

「何か」

「おかしなことを聞く、明日も来ると言ったではないか」

……私は女でもなければ、妻でも妾でもない。邪婬をするつもりは無いぞ」

「は、快楽など求めておらぬ。私が求めているのは悦楽よ。お前が屈辱的な目に遭うのを見るのは非常に心地好い」

「よもやそんな趣味があったとはな。呪わないのか?」

「呪えるものなら呪うとも。だがマスターには禁止と言われたのでな……。まあ、一から十まで守るつもりは無いが」

「悪趣味な」

「ははは、否定はしない。悪霊だからな」

 顕光は笑い、道長も口角をあげてはいるが談笑とは全くもって言い難い。重い空気が部屋の温度を2度ほど下がったようにさえ感じる。互いに睨むように見つめ、口を開くことも無く沈黙が訪れた。

 長い沈黙を持って口を開いたのは道長だった。

「邪淫は行えないが償いはしようとは思っている。故に今宵は……――

 道長が言葉を切った。これは顕光に口を塞がれたわけでも、声が出せなくなった訳でもない。吐き気と痛みだ。先程食べたばかりのバスクチーズケーキや焼き菓子が無理やり吐き出されようとしていた。顕光の手が腹を押し付けるように触れ、そのままズブズブと中へ入っている。胃袋を握り潰されている。

「ならぬ、ならぬ。お前は今日も私に遊ばれるのだ。断る権利はお前にはない。許してはおらぬ」

 式札の目がニィと細くなる。胃袋だけでなく、その上の食道まで弄び、握ってはなし、上に持ち上げては握り潰すように力を込めて。道長は思わず両手で口を覆った。激痛と吐き気の中、消化しかけたものを出さぬよう飲み込む。酸の味が舌の上に広がり吐き気は更に増すばかりだ。

 意地でも吐き出さない道長を見て飽きたのか、胃袋や食道で遊ぶのをやめて腹から手を抜きとる。

「頭を握ってもいいのだが、それはまた今度にしようか」

 楽しげに語り掛けてくる姿に一瞥もせず、ようやく開放された消化管を落ち着かせるために背を丸めている。まだ吐き気はあるのか、嘔吐く道長を愉快そうに眺める。

 ああ、大丈夫だ。私はまだ悪霊だ。顕光は内心安堵する。道長が苦しむ様を見て笑えるならば、まだ私は悪霊だと。

 パチン、と指を鳴らす。ぐらり、と道長の体が揺れたと思えば床へ倒れ込む。まだ息を荒くしたままの道長の体の主導権を失わせる。力の入らない肉体はぐったりと床に伏したまま起き上がることは出来ない。金縛りは(顕光の中で)悪霊の十八番と言うが、本当に便利なものだと顕光はほくそ笑んだ。生憎他のサーヴァントではここまでの効果は発揮できないのだが。

「さて、今日も楽しませておくれ」


 床に横たわったままの道長を見下しながら、道長の肉棒を足で弄ぶ。服の上からあまり強く踏まないように、あくまで快楽を与えるように。顕光の足に刺さった剣て道長に傷をつけないように気をつけるが、肉棒の近くを剣が触れる度ピクリと反応する。その様子が面白く、わざと当てると道長が睨みを効かせてくる。

「睨んでも何も分からぬ」

 ぐにぐにと弄び続けると、萎えていたそれは硬さを持ち反り始める。顔を赤くして、呼吸を荒らげた道長はどこか煽情的なものを感じた。体を動かすこともままならない様子は憐れささえ感じる。

 少し力を込めて道長の肉棒を踏んでみる。ビクッと大きく道長の体が震えた。ぐ、ぐ、と力を込めて蹴るように踏んでみる。道長の体は床から跳ねるように背を反らした。少し勢いをつけて蹴りあげる。大きく身体が跳ね上がり、痛みでその後も痙攣している。ほんの少しだけ、やりすぎたかとも思ったが、まだ道長は睨んでいる。あの様子なら大丈夫だろう。

 蹴る、踏むを繰り返しているがなかなか萎えない様子は非常に愉快だ。陰茎の鋒があるらしい場所は布地が濃く見え、道長の先走りが滲んできているのがわかる。道長はそういった素質があるのだろうか。顕光はますます愉快な気分になった。

「なぁ、道長。もしや蹴られて悦んでいるのか?」

 道長の目が見開かれる。睨んでいるが、蹴られて赤くなっても硬さを保持しているそれと相まって滑稽でしょうがない。もっと痛めつけたら、どんな反応をするだろうか。

 今、顕光に体があったならば、どれほど残虐な笑みを浮かべていただろうか。我慢できずに道長に覆い被さるように体を屈め、首に手を添える。ぐっと力を込め呪いを注ぎ込む。道長の首が黒く変色し始め、主導権のない体は侵していく呪いで震えている。先ほどまで睨んでいた虎目石の瞳が小刻みに揺れて天井を映している。

 ああ、愉快だ。

 顕光はさらに呪いを流し込む。呪っても呪っても減ることなく増すばかりの激情がもはや何であるかもわからない。口からはダラダラと涎を床にこぼし、水溜りを作っていた。その水溜りには歪んだ景色が映りこむ。顕光の顔代わりの式札が目が笑ったかのように細くなっているのが見えた。

 まだだ、まだ体力の半分も削れていない。苦痛としてはそこそこ与えられていると思うが、英霊を殺す程じゃない。

 宝具として呼ばれる時でも溢れ出さないような強い恨みが溢れて、溢れて、道長に注がれる。さらに強く首を絞める。

 飲め、飲め、私の呪いで満たされろ。

 道長の四肢が呪いによって明後日の方向へねじ曲がろうとするが、道長が抵抗していのかうまく曲がらない。

 そうだ、抵抗して、抵抗して、そして壊れろ。


 何かが折られたような潰されたような、そんな嫌な音が鼓膜を震わせた。


 道長の虚な目が天井を映し、少し時間を開けてこちらを見た。

「道長」

 優しく声をかけたと同時に体の主導権を返してやる。いきなり返された道長は困惑したような表情を見せた。顕光は先ほどの獲物を追うような笑みから、花が綻ぶような満面の笑みを浮かべた。とは言っても顔はないので札の目が変わるだけだが。

「さっきはすまなかったね」

 道長の折れたと思った骨はまだ繋がっており、痛みはあるものの動きはするようだ。

「何が目的だ」

 道長が睨む。先程の挙動といい、今の様子といい、信用出来ないようだ。

「言っただろう?呪うことは禁止されていると。だからここまでで止めた。それだけだが」

 微笑んでいるような顕光を不快に思ったのか、警戒したまま距離を取ろうとする。ああ、逃げようとするなんて……なんて、面白い。好き勝手呪いを与えるのは心地よい。

 逃げようとする道長の手を掴んで呪いをまた送り込む。青い顔をした道長が身体を震わせた。

「ここからが本番だろう?」

 顕光の手が道長の股座へ伸ばされる。

「さぁ、道長。もっと苦しんでおくれ、乱れておくれ。お前で遊ぶのは楽しい。ちゃんと優しく抱いてやるから」

 矛盾していることを口走っているのは分かっている。だが思ったまま口にするとそうなってしまう。一見、支離滅裂なようにも思えるが、悪霊である顕光にとっては嘘偽りない言葉だった。

 生半可に勃起したままの陰茎に手を添える。

 これだけ苦しいことをしたのにまだ萎えることなく海綿体を膨らませている事に思わず笑ってしまう。

 呪いのせいで十分に動くことが出来ない道長は大人しく顕光の行為を受け入れるしかない。ああ、誰か伝えてしまえばいいのにお前は何も言わずに私の行為を甘受する。顕光にはその理由は分からなかった。だが、ここまで徹底して、まるで他のサーヴァント達に隠すようにしているのであれば、誰かに話すことはないのだろうなという妙な確信があった。

 ゆるゆると沿うように手で扱いやれば硬さは増していく。まだ生きていた頃、どこが良い場所だったかを探りながら道長を追いこんでいく。亀頭を手で包むようにして尿道を親指に押し付けると、道長は僅かに体を震わせる。

 主導権を戻したからか、顕光の手を道長が押し返し、静止を要求した。

「よせ、私は貴方とそのようなことがしたいわけではない」

 睨むような、耐えるような表情をしている。普段の英霊としての力よりは弱いようだが、それでも顕光を止めるには十分であった。触れた場所から少しづつ呪いが侵食していく。

「何故?」

「望んでいない」

「真に?」

 墨で真っ黒に染められた瞳がじっと道長を覗いた。

 暫くして先に手を離したのは顕光だ。

「興醒めだ」

 そう一言呟いて体をすぅ、と消す。霊体化して道長の部屋を抜けた。

 暗い部屋の中、道長は悪霊相手に勃起した自分の陽物が目に入り、静かに眉間へ手を伸ばした。


 部屋に戻ると道満は帰ってきていた。大陸の軍師達から学んだ術式のメモと睨めっこをしている。

 集中している道満の意識をこちらに向けさせるのも気が引けたので、影からゆっくりと道満の内へと戻っていった。


 顕光は道満の体の内でぼんやりと思考に浸っていた。

 いつもなら呪いを貯める為、恨み嫉みを渦巻かせていたが、今日は少し違った。道長にしてしまったことを反省し、呪わない為にどうするか、という悪霊らしからぬことを考えていた。

 顕光は道満に人格の調整を受けている。受けていたはずだ。悪霊である顕光がカルデア内でほっつき歩いていられるのはこの調整による効果が大きい。例えば、顕光が悪霊のまま出てきたとすれば、問答無用に周りのものに呪いを振りまきながら道長を探していただろう。見つけ次第、宝具で滲ませる以上の呪いを贈り、憎しみも恨みも二の次としてただ呪うために動き、呪うことを楽しんでいたはずだ。今のような生活は望めないだろう。

 問題は、道長がカルデアに来てからの顕光自身の行動だ。顕光は道長に対して呪うことを楽しんでいた。ここしばらく、生前の人格に寄せた調整からの逸脱が見られる。道満は気にしてはいないから大事ではないだろうが、不安の要素であることに変わりはない。これを自覚したのは今日の事だった。カルデア内では呪いなど行使したいと思ったことはほとんど無い。道満が実験として呪いを道満自身に顕光にかけさせた時も、なんの感情もわかなかったのに。やはり道長がいるからだろうか。

 歪な感情だ。悪霊としての本質と、生前の人格が持つ道長に対しての恨み、憎しみ、呪いがここまで過剰になることは無いはずだった。道長自身が戦闘でもしかけて来ない限りありえないと、人格の構築後に道満は言っていた。

 ストッパーとしての役割である生前の人格が、悪霊としての本質を増強させているのか。生前の私は、恨んでほんの少しの邪魔はすれど、直接的な危害を加えることはしなかったはずだ……晩年を除いて。なのに、どうして。

 顕光の中で思考は纏まらない。もとより深い思考をできるまでの機能は与えられていない。

 もはや道長から接触されない限り離れていることが最善ではないか。ふと思い至ったが今更何を当たり前のことをという自分の声もしなくはない。なんならその答えは道長と酒を交わした後に思い至っている。あの時は呪ったことを後悔していたはずだ。だのに、何故。

 堂々巡りの思考は止まらず、ぐるぐると道長のことばかり考える。嗚呼、呪いを吐き出すだけの式神ならどれほど楽だっただろうか。生前よりもぼんやりとした思考が恨めしい。かといって、生前の私で答えが出せたかと言われれば微妙なところである。

 悪霊らしくないと思い悩んで、そして悪霊らしいことをして安心して。逆にやりすぎたと反省して悩んで。また。悪霊らしからぬと思っての堂々巡り。

「お前など来なければよかったのだ」

 届かぬ悪態を主人の胎の中で呟いた。

 


「おじいさま!」

 図書館に可愛らしい少女の声が響く。そこにはワクワクした様子のナーサリー・ライム、ジャック・ザ・リッパーがいた。目を宝石のように輝かせ顕光のそばに寄る。

 顕光が図書館に来たのは、香りについて調べるためだった。平安の練香の香りは少し強い。もしかしたら、現代に生きるマスターにはかなり強く感じられるかもしれない。また、サーヴァントによっては古臭く感じたりする。ならば、現代の要素、西洋の要素を参考にした香りを作ろう。

 顕光は道長で遊ぶのに代わる良い暇潰しになるだろうと考えていた。

 悪霊らしいか、らしからぬか。という問題は相変わらず頭の中にあるが、生前から父兼通の子足るかと言われれば否。今更気にしたところで何になるというのか。

「今日は香水の本を読んでいるのね!素敵ね、素敵だわ!」

「新しい煙の香りをつくるの?何を作るの?」

 近くに置いたノートとペンを手に取り、マスターに似合う香りを、と綴る。

 顕光の考えは幼子たちに気に入られたようだ。幼子たちはどんどんと溢れ出るアイデアを顕光に伝え、顕光もまたそれを再現するための材料を考えていた。

 爽やかな香りがいい、甘い香りがいい、柔らかすぎる香りは似合わない。

 ああだ、こうだと言い合いながらもそのどれもが顕光の納得のいく意見ばかり。この子達はよくマスターのことを見ているのだろう。新参者の私よりもずっと。


 香りができた。我ながら良い香りだと思う。幼子たちのお墨付きも貰った。

 帰らぬ主人をまつ部屋の片隅、小さなベッドサイドの机に作り上げた練香と楽しむための道具一式を詰めた箱を置いておく。

 ふとした時、楽しんでもらえれば、もし気に入らなければ捨て置けばよいと。