まだ肌寒く、済んだ水のような空は薄い雲をなびかせている。陽の光はだいぶ暖かくなり、庭に積もった雪も姿を消したが、外に長居するにはまだ快適とは言い難い。顕光はそろそろ暖かな部屋の中へ戻るかと思案し始めた頃、小さな姿が目に入った。
「あきみつどの」
幼い声で名を呼ばれる。そこには淡い栗色の髪を持つ幼子が鞠を持って佇んでいた。先程遊びに来たばかりの年の離れた従弟だ。
「蹴鞠でもいかがでしょうか」
幼子は断られるとは全く考えていないようだ。子供は寒い日でも元気なようで、目を輝かせて遊びに誘ってくる。顕光は少し困ったように笑んだ。
「いいよ、おいで、」
呼べばととと、と軽い音を立てて駆け寄る。子供が近づくほど耳と鼻先が赤くなっているのがわかった。寒かっただろうに、暖まるよりも遊びを優先したいのだろう。何故かよく懐いた幼い従弟が遊びに来たのは久方ぶりだ。遊んでやらぬ、という方が酷だろう。
「少しだけだ」
そう言って庭に降りる。幼子は顕光に続いて庭に降り、向き合うように立つとぽんっと鞠を蹴った。
ぽん、ぽんと屋敷に蹴鞠の音が響く。
宙に浮かんだ鞠は自然と落ちてゆき顕光の近くへと落ちていく。それが大地に着く前に顕光も宙へと蹴りあげる。庭に植えた松の木より高く蹴り上げられた鞠は幼子の蹴りやすい場所へと落ちてゆく。幼子も負けじと宙へ蹴りあげた。しかしその鞠は顕光からそれた場所に向かってしまった。
「あ」
「おや」
幼子は蹴りあげた瞬間にわかったのだろう。焦ったような顔をする。顕光は蹴鞠を拾いに行くと申し訳なさそうな顔をする。
「まだ練習が必要だな」
「……次は負けません」
「うむ、楽しみにしておこう」
負けず嫌いな幼い従弟は少し拗ねたような顔をする。
コロコロと表情が変わっていく。子供らしい姿に笑みがこぼれる。どれだけ大人びていると周りから評価されようと、この子は年相応の愛らしさがあるのだと。
くすくすとわらう顕光に怒ったのか、幼子は顕光を睨んできた。その様子に「生意気」と言って柔らかい頬をつねる。
「蘇蜜でも食べていくか?」
「たべまひゅ、」
つねられたままだと言うのに、先程の不機嫌そうな顔から一転する。顕光はまた微笑んで幼子の頬から手を離した。
「風がまた冷えてきた、屋敷に入ろう」
手を繋いで屋敷の中へ戻る。
小さくて体温の高い手が、冷えた顕光の手に温かさを伝える。
柔らかい手が握り返してくる。小さな手、あと数年で元服して政敵にもなるかもしれない。だが、せめて傷つけることはないようにしよう。悪い子ではないと思うから。
「……どうかされましたか?」
「うん、なんでもないよ」
早く入ろう、そう促して屋敷に入った。