道長は部屋に設置された小さく簡素なシャワールームにいた。最小限のスペースながら効率よく体を清められるところは、道長は好んでいた。平安の世では体を清めるのは数日に1度程度だが、毎日清められるとなれば清めるに越したことはない。
そして今ではちょっとした習慣も兼ねてしまった。
「んぐ、」
柔らかな素材の、しかし太さはなかなかあるディルド。付け根に吸盤のあるそれを床から垂直に立て、そこに腰をゆっくりと下ろす。しりたぶに掛かる湯の温かさと、ひやりとしたタイルの冷たさを感じながら。肉をかきわける圧迫感と待ち望んだ快楽に肺に籠った熱い吐息が漏れでた。
顕光はあの日を最後に会っていない。それどころか誰も顕光を見ていないようだった。マスターに聞いても蘆屋道満の宝具を使用しても顕光だけ居ないのだという。理由を聞いても道満ははぐらかしているらしい。
故に、道長の体は快楽に飢えていた。乱暴に体を暴かれたいという、マゾヒストじみた欲求が道長の中に芽生えてしまった。
「ぁ、」
よく解しておいたからか、肉の管の閉じられた襞までディルドを飲み込んだ。湯をかけて少し温めてあったそれはすぐ肉の温度に馴染んだ。
腰をゆるゆると揺らしながら硬くなった肉棒に触れる。反り上がったそれを上下にしごいてやれば、白濁色の液を漏らす。独特の、嗅ぎなれてしまった匂いが浴室を満たしていく。その香りに道長の頭はさらに麻痺していく。
酷い快楽と僅かな鈍痛によって足の力が抜けていくのに耐えきれず、小さな浴槽の縁をつかむ。
ふと、シャワールームに設置された鏡に目が向いた。シャワーを流していたため、湯があたり曇らずにいた鏡は道長の痴態をそのままに写す。乱れて濡れた髪も、惚けた顔も、潤んだ目も、半開きの口も、ピンとたった乳首も、呼吸に合わせて動く腹も、反り上がった肉棒も、ディルドを飲み込んだ菊門も。すべて。その姿に思わず生唾を飲んだ。
こんな姿を顕光に見られたら?
想像しただけで腸がうねり、ディルドを締め付けていく。
「あ、顕光、」
──随分と酷い姿だな
「顕光殿ッ」
──自分でこんな太い張形を飲み込めるまで遊んだのか?
「ち。ちが」
──なにが、違わないのだろうなァ
「顕光殿……ッぁ、」
頭の中で、顕光の声がしていた。湯の熱と快楽の熱にのぼせた道長は正しい判断が出来ていなかった。
頭の中の声にしたがって、腰を落としていく。
「顕光、これ以上はぁっ、無理ッ」
──まだ果ててはならぬぞ。
絶頂を禁止されながらも行為は激しさを求められている。もう普段なら達して風呂を後にするのに、まだ達することも許されないまま道長はみだらに腰をふっていた。
妄想の中の顕光が胸を触ってくる。小さな飾りを優しく指で丸くなぞったと思えば、引っ張るように弄んでもくる。それに合わせて道長は己の手を動かした。
恥を投げ捨てて、淫らになる己に少しばかり酔っていた。
湯から上がった後、足取りもおぼつかない道長は倒れるように寝床へ臥した。服も着ずにそのまま柔らかな羽毛布団を堪能する。平安の下着にあたる袴を履くとどうしても布団をそのまま堪能はできないし、かと言って現代の物は短く、平民の履く褌と変わらなく思えてしまう。普段よりもだいぶ怠惰な道長はそのまま眠りにつくことを選んだ。
うとうとと、心地よい睡魔が襲い始める。湯を浴びたこと、自慰したことによる穏やかな倦怠感が布団と同じく体を包んでいるような錯覚を覚えた。
その中でほんの少し、寂しさを感じる。
重い瞼を開いて、ベット横に設置された、棚に並べられた小さな小箱へ手を伸ばす。中には小さな、黒い丸薬のようなものがいくつか。
それひとつ指でつまみ、香りを楽しむ。本来の香りは香灰など様々なものを用意し、熱して香りをたちこめることで楽しむものだ。しかし、それではわずかしかないこの練香をすぐ使い終わってしまう。それだけは惜しかった。
年の離れた兄弟たちの話し声が聞こえる。今日は父や叔父達が集まり、家族団欒……という名の足の引っ張り合いだの、子供の自慢だのをする日だ。父親やその兄弟達は叔父達と話し合いをしている。まだ幼かったため、その場へは呼ばれることはなかった。
暇を持て余し、広い屋敷の庭へと出てみる。自分の家とは違う庭はなかなかに新鮮で、池を悠々と泳ぐ鯉や、育てられている草木などを目を輝かせて見ていた。
興味津々で、思わず駆け出したくなったが、ここは叔父の家である。あまり品性に欠けた子供だと思われるわけにはいかない。
あたりを見渡しながら、母屋に戻る。その際、一人の男が庭先で猫を撫でているのが見えた。顔つきや身なりからして、従兄弟の誰かがであることは分かるが、どうにもはっきりしない。誰かの隣にいたならば記憶から掻き消えてしまうほどの儚さを持った男だ。
儚げな男はこちらを見ていることに気がついたのか、軽く手招きをする。呼ばれるがまま、ふらふらと男に近づいた。
その時に既に柔和な笑みを浮かべながら、全てを見透かすような知的な目を持つ男に魅了されていたのだと思う。
よく勉学に励んでいる、弓もできるとは文武両道だな、などと、頭を撫でながら親にも言われたことない褒め言葉を賜るなどした。
この人となら、大臣となって世を治めることも出来るかもしれないと思った。
人の気配を感じて目を開く、酷く懐かしく穏やかな夢をみた。そのまま目を開くと、久方ぶりに顕光の式札を見た。
悪霊は言葉も出さず、ただじっとこちらを眺めている。
「……何用か?」
今宵こそは、抱いてくれるのだろうか。
そんな淡い期待を抱いたが、顕光は道長の頭を撫でるだけだった。呪う、殴るなら顕光らしいと受け止められたが頭を撫でられることは道長には理解できなかった。
「顕光殿?」
混乱して再度問うも、ただ頭を撫でるだけで何も話してはくれない。
だが、機嫌がいいことだけは分かった。
小一時間ほどだろうか。撫でられていると。不意に顕光が言葉を発した。
「お前に、伝えなくてはいけないことがある」
幾分か、若い頃の声が聞こえた気がした。いや気がしただけではない。頭を撫でてくれたのも、確かにこのころの――
「私は、この前までの私ではない」
随分と、式札の描かれた目が優しい形をしている。
「人格の修正を道満に頼んでな。まだ君との確執がない頃に戻してもらった……というより、変えてもらったか」
頭を撫でる手が、酷く暖かい。
「呪いも味方には侵食しないように術式を変えてな」
望んでいた、温かみがそばにあるのに。呪いよりも冷たいものに、身体が犯されている。
「これで君を傷つけることもない。穏やかな生活を、前の私に誓って約束しよう」
私は、なにか間違っただろうか。