道長は自室で物思いに耽っていた。顕光の事だ。初めて抱かれた夜から何日も通ってくる男に身体中を触られ、指で開発され。女のように果てることが出来るまで作り変えられてしまった。
呪われることは想定内、それだけの事を私はした。だが、あのように抱かれるなど、思いつきもしなかった。そんなことはしない男だとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。
原因は、恐らく隣にいる法師陰陽師の蘆屋道満だろう。もしくは、その蘆屋道満に対して恋心……いや、独占欲を持つ安倍晴明か。あやつらが入れ知恵したか、それとも小耳に挟んだか。顕光の近くには子供達ばかりだ。それ以外に手段として私を抱くなどと考えさせる情報を与える者はいない。それとも、私が知らなかっただけであの頃からそういった趣味があったのか?
道長は深くため息をついた。
正直、屈辱ではある。羞恥心はある。顕光の行為は深く道長の自尊心を傷つけた。しかし、嫌悪感はなかった。身体に触れられるのも、菊門の奥を弄ばれるのも。呪われることさえも。
道長にとって顕光は数少ないある程度近くに置いても問題のない、安心出来る人だった。幼い頃、道長を五男としてでなく、対等な扱いをしてくれた数少ない人だった。関わりはあまり多くなかったが、顕光と二人で酒を交し、仲を深めた日には、家に帰ってからも思わず足取りが軽くなるほどだった。
恋だったのだろう。若い時ほど燃え上がるなどと聞いたことはあったが当て嵌ることは無かった。そのような感情があるなど気が付きもしなかったし、いつか政治の実権を握ることの方が重大だった。
だが、今思えば、顕光の実力に合わない地位につかせたりそばに置いたりなど、恋の色眼鏡をつけていたことがわかる。
実際、過去からの顕光に対して恋心が未だ燻っていたと自覚したのはカルデアに召喚されてから。酒を交わしたあの日からだ。
道長は本日2度目のため息をさらに深くついた。
この色眼鏡をまだ外せずにいる、と思わなければ、顕光のあの行為を許せるはずがない。そうでなければ、きっと初めてカルデア内で呪われた日にマスターの元へ行っていた。おそらく。
それでもまだ誰にも話さないでいる。話したくない。話せばこの関係が終わることが怖かった。
でなければ……あのようなことを口走ってしまうこともないはずだ。
晴明に、式神越しに顕光とのまぐわいを見ていたと告白された日。「顕光様の記憶を消し、関係を戻しますか」と聞かれた折、「これは互いに了承した関係だ。お前に何を言われる筋合いはない」などと。咄嗟に口走ったせいで晴明になんと思われただろうか。アレ以外が聞いていなかったことが幸いだ。
いっそ現代に残る資料には顕光に関して罵っている記録しか残っていないのだから、その側面だけ掬いとってくれた方がマシだったと思う。アーチャーでは無く、別のクラスでの召喚なら、顕光をただ娘を殺した愚かな男としか思っていないのならば。
考えていても仕方がない。
道長は回転木馬のように回り続ける思考を頭を振って振り落とし、ベッドから立ち上がった。
顕光でなければ、もういっそ関わらぬと決めることも出来たのに。
廊下に出れば、見知った顔ともすれ違う。金髪の鬼と話す検非違使。異国の王女。幼子の姿をした物語。
顕光だけに、出会わない。
ふと、顕光の好みそうな練香の香りがした。そのままその香りの方へと虫のように寄っていく。
香りは柔らかすぎず、かと言って強すぎる匂いという訳ではなく。華がありながら、とても繊細で……。
たどり着いたのはマスターの部屋の前だった。
「あ、道長様!」
元気そうに笑うマスターは、この香りを身にまとっていた。
「いい香りでしょ、顕光殿がくれたんだ!すごいよね、平安貴族はみんなできるって言ってたけど、こんないい香りになるなんて……もっとお線香みたいな匂いが強いのかと思ってた!」
道長は笑みに微笑をたたえて答えた。
「そうだな、だが本来はその線香に近い香りだ。堀河左府殿なりの工夫を凝らしているのだろう」
ああ、なんて羨ましい!道長は嫉妬で気が狂いそうだった。顕光が練香をカルデアでも嗜んでいるのは知っていたが、まさかマスターにもプレゼントするなど。
逆恨みだとわかってはいるが、今この時ばかりはマスターを恨んでしまった。
その後、マスターといくつか談笑した気がしたが、生憎と道長の頭からは抜け落ちていた。
ふらりと立ち寄ったのは紫式部の居る図書館。入口に掲げられている『偉大にして恐るべきされど可憐なる紫式部図書館』の文字は少しだけ道長の口角をあげた。これでからかったら出禁になるのだろうか。
本は嫌いではない。少しだけ荒んだ心を紛らわせる為にも本を読んで時間を潰すのもいいかもしれない。他国の偉人たちの伝承は話でしか聞いてない。それらを見て知るのも面白いだろう。
そんな淡い期待を胸に図書館の扉を開いた。
突然の道長の来訪に紫式部は驚いていたが、できるだけ穏やかに応対した。
棚を案内し、いくつか本を選んだあと受付にて名簿に記入をする。
「そういえば、堀川右大臣殿はここには来るのか」
道長は、ふと気になり紫式部に尋ねた。
「はい、子供たちと童話を読まれたりされることが多いですね」
道長は顕光らしいと感じた。
(甘やかすことが好きな顕光の事だ。今日もどこかで子供と遊ぶか人をたらしこんでいるに違いない。いや、私がされたい訳では無いが、それでもあのように穏やかな関係に戻れたならどんなにいいか、と僅かばかり感傷に浸る道長であった)
ため息をついて、落とした視線を戻すと顔を真っ赤にして、そわそわと落ち着きなく目線を泳がせている紫式部がいた。
「も、申し訳ありません!!」
泰山解説祭とやらは耳に挟んでいたが、それでも実際にその目にあうと少し驚くものだ。その時間帯は食堂に皆が集まる頃で周りには紫式部しかいなかったため特に問題はない。
抱えた本を自室に持ち込んで、西洋の寝床に腰をかけて読み始める。
今日も顕光は来るだろうか。出来れば、早く来て欲しい。グダグダと考えてしまうのは私らしくない。
酷く抱いて、考えるのを止めさせて欲しい。
その日は顕光は来なかった。
その翌日、翌々日も顕光は部屋を訪れなかった。
道長は周りに多少わかる程度に不機嫌だった。態度は普段と変わらないが目付きがいつにも増して鋭い。
原因は分かっている。顕光だ。顕光が来なかったのが悪い。顕光に会うために図書館を巡り、茶会を開く子供たちに尋ね、晴明にも占わせたのに会えない。やる気なく適当に占っていた晴明を恨む。苛立ちに拍車がかかる。
「道長様〜」
そんな道長を呼び止める声がひとつ。
「マスター、何の用だ」
「ご多忙のところ申し訳ないのですが、周回にきてください!」
「断る」
「そこを!なんとか!」
くっつきそうな勢いでマスターが懇願してくる。普段であれば断る理由もないが、生憎と道長は周回に行けるような気分ではなかった。
「今回の周回は空き時間に新宿回れるので!!菓子買い放題ですよ!!ダヴィンチちゃん収納袋もつけるので!」
「む、」
菓子。道長の好物は甘いものだ。特にエミヤという英霊が作る甘い菓子は好ましい。新宿は今行くことの出来る特異点の中で最も現代に近い特異点。本来なら菓子は特異点からの持ち出しは難しいが、今回はマスターがダヴィンチの作成した収納袋を提案している。ダヴィンチちゃん収納袋とは簡単に言えば特異点からこちらにものを持ち込めるようにする道具だ。
正直、そそられる提案ではある。このままカルデア内をさまよっても顕光には会えないだろうから、いっそほかのことに時間をかけた方がいい。
「お願いします!」
マスターが土下座しそうな勢いで頭を下げた。
そして新宿の周回を終えた。
やさぐれた男たちを嬲るだけの難易度の低い周回だった為に普段より落ち着きのない道長でも対処は容易であった。また運がいいことにマスターの望む分だけの素材を思ったよりも早く集め終わった。
道長はレイシフトから戻る前にフラフラと新宿をさまよう。美味しそうな菓子を売っている店に立ち寄っては袋に詰めていく。華やかな和菓子、見たことも無い洋菓子など見ると心が踊るようだった。
時間も限られているためところどころ霊体化してするすると壁をぬけて店を物色する。
そうして、妙に暗い店に入り込んだ。菓子の並ぶ店がある場所からだいぶ離れさまざまな店を通り抜けた先にその店はあった。
男根に似せた玩具の売ってある店。道長はこれが現代の張形か、と妙に納得した。
ゴツゴツとした形のもの、あまりに大きなもの、またはボール状のもの、その他様々な道具が売られている。
少しだけ、それを入れたらどうなるのだろうと考えてしまった。腹の奥が疼くような感覚を覚えて、道長はその場をそそくさと立ち去った。
「あ、道長様〜おかえり〜」
マスターの元へと戻ると、護衛の他何名か英霊が戻ってきたようだ。
「道長様なに持ってきたの?」
「菓子だ」
「へへ、やっぱりそうなるよね〜」
周回終わりで気が抜けているのか、マスターは呑気に欠伸をした。英霊たちの持ち物をチラチラとみたり、談笑しながら周回の参加者が帰ってくるのを待った。
部屋に帰り袋を寝床の上に置く。
収納袋の中身を見られなかったことは幸いだった。
集めた菓子を押しのけて、袋の底からひとつの箱を取り出す。桃色の箱には、張形のようなものが描かれている。
道長は欲求に抗えなかったのだ。
何もかも顕光が悪い。そう思いながらふしだらなものを購入したこそばゆい感情をすべて顕光のせいにする。
箱を開けて取り出すと、その張形にはなにかボタンのようなものがついていた。興味本位でそれを押してみるとブルブルと振動した。近代の張形にはそういった機能もあるのかと思いつつ、これで尻の孔を弄んだならどうなるかと想像すると、腹の奥の管がきゅうと締まる感覚がした。
くぐもった、吐息のような声が漏れる。体を横に向けて、張形を秘部へとあてがう。
指で慣らした肉の管は容易く男根の形をしたそれを飲み込んだ。ひやりとした感触はやがて腸の熱が移り馴染み始める。それを握った手でそれを押し込めば、肉を拓く圧迫感と共に快楽が体を満たしていくのを感じる。
顕光に挿れられたならこういった感じなのだろうか、想像すると腹の奥が蛇のようにうねり、さらに深く張形を飲み込もうとしていった。
張形の凸凹に指が触れた。説明書にはこのボタンで振動すると書いてあった。振動したごとき、などと思うが。ほんの僅かばかりの恐怖と、欲に正直な好奇心が秤を揺らしていた。
深く息を吸って、長く息を吐く。呼吸を整えてからカチリとボタンを押した。
腹の奥から伝わってくる。神経が、脊髄が異常なほどの快楽を脳へと送り付けてくる。
「あ、あ……」
己の胎が熱を帯びていく。人工的な振動が腹の奥を蹂躙している。
揺らすこともままならないまま背を丸めて快楽に耐える。じわじわと蝕むような快楽によって徐々に身体の力が入らなくなっていく。
腸の圧力に押し出されて、少しは張形が外へと出てくる。その時に敢えて避けた悦いところをそれは無慈悲にも押し潰していく。
「……ッ!!」
声にならない声が喉から発された。それと同時に腹に強い力が入り、そのまま張形は外へと抜け落ちてしまった。
熱い吐息が口から漏れ出ていく。
体を起こして寝床に転がったそれをみると、自身の腸液がべっとりとついていた。
あまりにいやらしく、浅ましいそれを改めて脳が認識すると、早々に行為をやめてそれを洗い流した。
腹の疼きはまだ治まりそうになかった。
翌朝、本を返しに行くと紫式部より声をかけられた。
「堀川左大臣様よりこちらを渡すようにと」
小さな箱を受け取ると、その中には丸薬のようなものがいくつか。十粒ばかりの黒い弾は、顕光の呪いが少し香るばかり残っているのがわかる。
道長の喉から手が出るほど欲しかった、顕光の作った練香だった。