望月

悪霊左府、こと藤原顕光は憂鬱だった。理由は至って単純明快、恨めしきあの太政大臣 藤原道長がサーヴァントとしてこのカルデアに召喚されたからだ。その日のマスターは大枚を叩いて道長を召喚し、歓喜の涙を流していた。道長と関係を持つサーヴァントは喜んだり、あるいは心配そうにしたり……。
 顕光はそんなサーヴァント達を横目に廊下を渡り歩き、より人気のない方へと進んで行った。刀の刺さった両足はキン、キン、と鉄の鳴る音を静かな廊下に一定の間隔で響かせる。
 言わずもがな、顕光は道長と顔を合わせたくなかった。顕光としてはマスターに迷惑をかけるようなことは避けたかった上、マスターから「呪わないように」と念を押された。しかし、道長を目の端にでも捉えれば、即座に呪い殺すことはしないと思いたいが、良好な関係は築けないのは分かり切っている。別にカルデアで過ごしている分は勝手にすればいいとは思っている。恨み続けるが、勝手に暮らして勝手に楽しめと、私に関わるなと。だが、そんな顕光の願望とは裏腹に道長は接触してきた。
 背後から彼奴の気配を感じる。
「……堀河左大臣殿」
 低く重々しい、それでいて品位のある声が道長の口から発された。相も変わらずの奴の顔は何を考えているのか分からない。足早に立ち去ろうとしたが、袖を掴まれてしまった。
「待て。話がしたい」
 相変わらずなのは顔だけではない。自分のペースに相手を巻き込む道長の傲慢さも変わらずのようだ。こうなればテコでも動かない。無理に立ち去ったところで逃げ場が無いように手を打たれるだけだ。
 顕光は立ち去るのを諦め、ゆっくりと振り向く。道長は真っ直ぐに顕光を見ており、その痛いほど視線に顕光は内心顔を歪めた。道長の後ろには源頼光が控えている。呪って逃げるなどすれば即座に首を落とさんと、鞘に片手をかけていた。まあ、首が落とされた如きで悪霊の何が変わるわけでもないのだが。
「……」
 顕光は何も話さなかった。否、話せないと言った方が正しい。顕光の吐く言葉は全てが呪詛となり、対象を呪い尽くす。生前言われ続けた悪態の数々が蓄積され、増幅し、相手を呪う。故に顕光が一番強力とする呪いが言葉である。
 道長が重々しく口を開いた。
「今晩、暇はあるか」袖をさらに強く握るのが目に入った。「晩酌でもいかがだろう?」
「は?」
 顕光は間の抜けた声を上げた。唖然とした顕光の様子に道長は不安げにほんの僅かに表情を歪めた。後ろで控えていた頼光も道長の発言に目を丸くしている。ここにいる道長以外の誰もが予想だにしない言葉を道長はかけたのだ。
 唖然とした顕光殿が発した言葉は僅かに道長を呪い、道長の頬が刃を掠めたように切られ一筋の血の糸を作る。顕光はしまった、と思った。しかし、それを謝罪する口を持たなかった。言葉を口にすれば呪詛に変わってしまう。
「呪いについては知っておる。呪っても良い。返事をしてくれ」
 呪いについて理解した上で返事を急かす道長の行動が顕光には理解できなかった。しかし、返答は決まっている。相手が呪われても良いと思った上で返答の望むのなら、そのまま呪詛を吐いてやるまで。
「断る」
 恨みに恨みを重ね、挙句の果てに悪霊と化した者が、恨んだ者と酒の席を共にするなど有り得ない。そう返せば「そうか、」と僅かに残念そうな顔をして大人しく袖を離した。離れた指先は呪いが侵食し、黒く変色していた。
「では、また次の機会に誘う」
「もう来るでない」
 表情を切り替え、あっけらかんと言い放つ道長に即座に拒絶の言葉を吐く。言葉に乗せられた呪いが道長にかかりほんの少し呻き声が聞こえた。様を見ろ。式札に隠された顔がニヤリと嗤った。踵を返し再び人気のない方へ足を進める。あの二人が追ってくることはなかった。

「堀河左大臣殿」
「……またか」
 再びあの男は話しかけてきた。呼び止めた道長は手にいくつかの茶菓子を持っていた。
「茶は――」「飲まぬ」
 言葉を遮るように言い放ち去る。道長が血を吐く音がした。その日、道長が近づいてくることはなかった。

「左大臣殿」
「……。」
 翌日には話しかけてきた。鬱陶しい。食堂で話しかけてきた道長の目の前には、果物がふんだんに乗せられたパフェが置かれている。
 スプーンで一掬したパフェの一部をを差し出している。
「要らぬ」
 お前からの施しなど受けるはずもない。顕光は心の中で毒づいてその場は後にした。背後から人が呻く声が聞こえた。

「左大臣殿」
「いい加減にせよ」
 そのまた次の日、廊下でまた袖を掴まれた。掴んできた指先から侵食するように顕光の呪いが滲みていく。顕光が意図的に編み出されたじわじわと蝕むそれは、確実に道長の手に痛みを与えている。しかし、道長は手を退けようとはしない。会う度に呪っている。誘われる度に断っているというのにこの男は関わってくる。
「従兄殿、」
「くどい、お前の誘いになど乗るはずがなかろう」
 呪いが道長の腕を肘まで侵食した。
「一度で良い、今回来ていただければ、もう私からは誘わぬ。今宵、私の部屋に来ていただけないだろうか」
 道長にチャンスを与えてはならないことはわかり切っていた。一度でもチャンスを与えれば付け入られる。しかし、生前向けられたことの無い切願の表情は顕光に動揺を与えた。このような顔をする男だっただろうか、顕光は驚いていた。
 一度くらいなら、良いのかもしれない。それがお前の甘いところだと言われそうだが。
「……一度だけだ」
 そう言えばほんの僅かに口角を上げた道長が「では、上物の酒を用意しておく」と言い、肩まで呪いに侵食された腕を離した。そのまま背を向けて歩き出した道長を見送り、今宵の予定を道満に伝えなくてはと、六尺を超える男を探し始めた。

「道長公と聞こし召す?」
「……。」
 言葉を返さずこくり、と縦に頷く。
 道満は子供らと戯れていたようだ。茶会を開いていたのか、甘い紅茶の香りと広げられたパステルカラーの茶菓子がメルヘンチックな雰囲気を醸し出している。一見似合わないと思う大男だが、相変わらず場の雰囲気に合わせるのは得意なようで、幼子たちに囲まれながらも違和感なく混ざっていた。
 聞こし召す、という言葉がよく分からなかった幼子たちに、酒を飲みかわす事だと道満が説明すると、幼子たちは心配そうな顔をした。顕光が道長を嫌っているのを知っているからだろう。
「あら、狸のおじ様と?」
 子供のひとりが呟いた。その呟きにこくり、と首を縦に振る。
「仲が悪いって言ってたけど大丈夫なの?」
 小柄な子供が尋ねる。それにたいしてもこくり、と縦に頷く。
「しかし、本当に宜しいので?あれだけ避けていたではありませぬか……」
 道満が不思議そうに尋ねた。瞳には心配の色も伺える。
 この誘いに乗れば以後は誘いは来ないらしいからな、
 と、魂を融合させたことを利用して思考を送れば「……顕光殿はお優しいことで」と困ったような笑みを浮かべられた。
「ンンン、しかし、酒を飲むなら肉体が必要ですねぇ、今の顕光殿は飲食は無理というもの……ン〜、顕光殿、少々お時間を頂いても?折角の晩酌であるなら呑めず酔わずというのも勿体のうございます。宜しければ肉体を編む術をおかけ致しましょう。」
 そんな術があるのか、と思考を送る。にこりと微笑んだ道満は席から立ち上がる。
「正確には、傷を治す際にその部分に擬似的な肉体を生成する術ですが、応用させれば全身の再現も問題ありませぬ。如何でしょう?」
 頼む、と短く言葉を送れば道満は縦に一度、こくり、と頷く。
「では拙僧、顕光殿と部屋へ戻らせて頂きたく。此度は茶会へ呼んでいただきありがとうございました!」
 道満は子供らにそう告げて部屋へと向かう。その後をゆっくりとついて行く。振り向けば子供らが大きく手を振っていた。それに小さく手を振り返した。

「顕光殿!出来ましたぞ!」
 道満が鏡を片手に満足気な表情を浮かべる。数時間、ああでもないこうでもないと道満が拘りを見せ、術式を調節し続けたが、ようやく満足のいく物になったらしい。鏡に映った姿は生前の還暦を迎える頃の姿だ。式札に遮られた顔に手を伸ばし触れてみる。感覚もしっかりあるようだ。
 道満に感謝の意を伝えると、「勿体ないお言葉にございます」と微笑んだ。つい手を伸ばして髪に触れ、頭を撫でる。驚いた道満は一瞬だけ目を見開き、そのまま目をゆっくりと瞑った。整えられた髪を梳くように指をからませ、優しく撫でる。軽く触れるだけ撫ぜれば頭を少し押し当てるのでまるで本物の猫のようだと思ってしまう。
「顕光殿」
 そう道満に声を掛けられ手を止める。
「もし、もしもの為です。道長公に不本意でも大きな傷をつければ、道長公を支持する者やマスターからお咎めを受けても仕方ありませぬ。故にこれをお渡しします」
 道満が手渡してきたのは一枚の札だった。普段使っているものとは少し模様が違っている。
「それは呪いがある程度強力になると、拙僧の方へ呪いを飛ばしてくれるものです」
 顕光が唖然とすると、ニタリ、と口角を上げ道満は語る。
「呪詛返しの応用のようなものです。顕光殿が呪えば呪うほど、その甘露な呪いが拙僧の身を焼くのです……」
 高揚した表情を浮かべる道満は想像した苦痛に身をくねらせている。はぁ、と官能的に息を吐き舌舐めずりをする。顕光はその様子に少し呆れながら、小さく溜息をついた。前置きで言ったことは建前、後半の呪いをその身に受けること、これが本題ということが見え見えである。しかし、この札の効力は確かに便利だ。道長を既に少しづつ呪ってはいるが、サーヴァントに大きなダメージを与える程ではない。もし本気で呪い殺そうとしたなら、それはマスターからの信頼を失う事にもなりかねない。それは避けたい。道満の為にも、己を信じてくれているマスターの為にも。
 かたじけない、と思考を送れば道満はにこりと微笑んだ。

 宵、道長との約束の時間が来た。霊体化して廊下を進む。道満の部屋から出て無機質な廊下を通り、道長の部屋の前まで来た。気分は重々しいが、致し方ない。周囲に人がいないことを確かめてから姿を現す。現代では、入る前に戸を叩くのであったか。戸を三回敲く、すると「入れ」と声が聞こえた。ドアを通り道長の部屋に入る。基本的なサーヴァントの部屋とは違い、かつての道長の屋敷に近い造りになっている。部屋の中央には座敷机が置かれ、いくつかの酒と肴が置かれている。入口に立つ顕光と対面するように道長は座敷机の向こうに座っていた。
「よく来た従兄、ど、の……」
 そう言って迎え入れた道長の表情は相変わらずの無表情だったが、私の姿をみて呆然とした。
「そのお姿は如何された」
「ああ、あの姿では飲み食いも出来ぬからな、道満が気を使って肉体を作ったのだ」
 戸惑うような様子を見せる道長に顕光は式札の下でニィ、と笑った。生前にも滅多に見なかった動揺を表す姿は少し心を愉快にさせた。顔につけていた式札を少し捲り顔を見せれば、すこし目を丸くした。
 入口から真っ直ぐ進み座敷机に座る。目の前に置かれた酒を眺めていると道長が未だに顕光を見つめていることに気がついた。
「どうかしたか?」
「……いや、少し驚いてな」
 道長が見つめていたのは顔より少し下。ちょうど服で隠れていない晒された胸部である。肋骨が浮き出ている上半身は生気を帯びない白い肌が黒い装束によってより青白く見える。確かに露出は多いが、この装束は普段より着ているもので肉が付いた程度で何か変化があるとは顕光は思えなかった。まあ、肉が付いたのがわかりやすいのはこの部分だから見ていただけだろう、と顕光は自分の中で結論付けた。
 道長は目の前にあった酒瓶をひとつ取った。慣れた手つきで蓋を開け、盃を顕光の前に置いた。
「では、従兄殿」
 そう言って道長が顕光に酒の口を向けられた。
「む、かたじけない」と言って盃を手に持つ。とくとく、と注がれる澄んだ液体が黒い艶のある盃を満たす。注ぎ終わると変わって顕光が道長の盃に酒を注いだ。
 互いに何も言わず、盃を掲げ酒を仰ぐ。口当たりの良い酒が口腔を潤す。互いに肴を摘み、酒を一口、また一口と進めた。
「こちらに来てからはどうだ、従兄殿?」
 静寂を破り、先に口を開いたのは道長だった。何を考えているのかは表情からは読み取れないが、探りを入れているようではない。 顕光は式札の下に隠された口を開いた。
「なかなか愉快であったぞ。戦のように暴れることはしなかったからな……良く戦闘に道満が連れとして選ばれるから、些か忙しかったが……」
 酒を仰いで気を良くした顕光が来てからのことをゆっくりと語る。戦闘であった出来事、道満の起こした困り事、カルデアにいる幼子のサーヴァントの事、これまで起こった不思議な事件、異国の英霊との関わり、楽しそうに話す顕光を見ながら適度に相槌を打ちながら酒を飲み進めた。
「良かった、」
 顕光が一通り話終わると道長が一言零した。その言葉に小首を傾げたが「いや、なんでもない」と言って流された。どこか嗤っているようにも見えたが見間違いだろう。道長は肴をつまみ、酒を飲んだ。
 酒の肴も少しづつ減り、夜はさらに影を濃くする時刻となる。酒を新しく開け、注ぎ、飲み交わす。
 道長との酒など居心地が悪くて仕方が無いはずと思っていたが、存外楽しい。この沈黙さえ、心地さを覚える。思えば、二人だけで酒を交わしたことはなかったかもしれない。しかし、顕光は己の話をすることが出来たが、道長の話は聞いてはいない。長い沈黙を持って、顕光は口を開いた。
「そなたはどうだった」
 顔を道長に向ければ、酒を仰ぎ少し頬を赤くした道長が見えた。
「私は……」
 頼光達に歓迎会に招かれた事、異国の貴族達、王族達と話した事、カルデアの食堂の甘味が気に入ったこと。ぽつり、ぽつりと道長が話すのを顕光は聞き入っていた。

 夜も更けてきた頃、ついに肴は尽き、酒も残りわずか。食堂へいくつか拝借しても良いかもしれないが、道満が明日もマスターに駆り出されることを考えれば、この辺りで帰るのが良いかもしれない。そんなことを顕光は考えながら、残り少ない酒を飲む。
 顕光にとって、このように楽しい時間は久しぶりだった。席を立とう。そう机に手をかけたその時、道長がぽつりと小さく呟いた。

 この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 
 
 欠けたることも なしと思へば

 顕光は動けなかった。その歌の意味が、藤原の栄華を表現するものでもあり、顕光を酷く侮辱するものでもあったからだ。その歌が何か知っている。いつ詠まれ、何故詠んだかを。
 一瞬、焦った顔を道長がする。道長の表情さえ、顕光の目には入らなかった。夥しい呪いが顕光の周りに纏っているが道長を呪うことはなかった。どうやら袖に隠した札は正常に動き、呪いは吸収されているようだ。呪いが湧き上がっては消え去る。道満が呻き苦しんでいるだろう。ギリィ、と顕光は歯を食いしばった。
 長い沈黙が二人を包む。
「……私を愚弄するのは楽しいか」
 顕光が言葉を零した。その歌はかつて、宴の席で聞いた和歌だ。顕光の隣にいた道長が詠い、周囲のものが唱和した詠だ。あの時は、何も出来なかった。それだけの差が、顕光と道長にはあった。必死に顔を歪めないよう、小さな声で皆の唱和に合わせた。
 ぎり、と歯を食いしばった。
「なぁ、道長。私を愚弄するために呼んだのか?人の気分を良くしてから落とすのは楽しいか?」
 顕光は袖から一枚紙を出し、それを引き裂いた。大量の呪詛をギリギリ吸収していた道満の札はいとも簡単に引き裂かれ、その呪詛は道長に向けられた。
「が、はぁっ」
 道長が口の周りを汚しながら鮮血を吐く。血の香りが立ち込める。高貴な姫君の残り香のように甘いそれは、顕光の加虐心を煽った。道長の身体がぐらりと揺れ、倒れる。手にあった盃は転がり、酒を零す。上から覗くように顕光は覆いかぶさり、道長の首に手をかけた。
 顕光は憎しみに囚われていた。否、一時的な悦楽から元に戻ったと考える方が正しい。先程の私が異常なのであり、今の私が正常である。顕光は先程まで道長と友好的だった自分を悔いた。手にかけた道長の首をさらに締め付ける。呪いに呪いを重ね、道長は動くこともままならない。
 これが他のサーヴァントであれば、顕光はこのような芸当なしえなかった。しかし、顕光は道長を呪い、道長の娘を呪い殺した存在。道長を呪うことに関して、この場で顕光程の適役はいなかった。在り方に縛られる英霊にとって、時にそれは自らを縛る足枷にもなる。
 顕光は愉快だった。道長が我が手で喘ぎ苦しんでいる。体を縛られ、首を絞められ、呪いに身を侵される。嗚呼、その詩を詠わなければ今宵は穏やかなままだったかも知れぬのに、顕光は嘲笑った。
「なぁ、道長よ。貴様も存外愚かよな」
 自嘲の笑みを浮かべ、道長にさらに呪いを押し込んだ。

 がくり、と力なく道長の首が垂れた。首を絞めたのはおまけ程度にしか痛みを与えなかったが、何重にも重ねられた呪いは道長を確実に蝕んだ。血の気の薄い顔が目に入る。
「……しまった」
 気を失った道長を見てそう呟いた。感情的になった己を悔いた。はあ、と深く溜息をつき、まだ気絶しているだけだということに安堵する。首から手を離し、かけた呪いを少しづつ解く。器用では無いため一部呪いは自分の中に取り込んだだけだが。
 一通り呪いを解き、道長を寝具へと放り投げる。ぼふん、と柔らかいそれは衝撃を吸収した。無造作に投げられた道長は呻くが目覚める気配はない。
 呪うつもりは無かったのだ。少なくとも、今日は。僅かな後悔と、呪いの代わりを込めて、返歌を送ることにした。呪いよりもこちらの方が良いだろう。彼奴のあの和歌には返歌がされていなかった。そう思い立った顕光は道長の部屋にあった懐紙と筆を借り、簡素な和歌を綴った。

 望月に 照らせし道の 影となり
 歩みうらみむ 藤かれるまで

 彼奴ならもう少し凝った和歌を寄越せと言うだろうが、仕方がない。枕元に懐紙を置き、眠る道長の顔を覗き込む。眠る顔は苦しげで、再び喉元に手を伸ばしたくなるが、それを我慢して顕光はその場をあとにした。和歌をしたためた懐紙に、ほんの少し、残り香のような呪いを残して。