劈くような悲鳴が響く。四方は開かぬ襖に囲まれており、中央に5尺を越える大男が、全く同じ姿をした男に貪られていた。二人とも身に何も纏わず、それは一見情事のようにも思えた。爪をはぎ、腹を裂いて腸を引き出し、男の身体にあるはずのない、女性器を犯していた。裂けた腹から腕を入れ、無理やり子袋を掴み陰茎に押し付ける。

「あ゛あ゛ッ……!」

組み敷かれた男は痛みに声を上げた。本来なら入らないであろう、子袋の中が男の陰茎に犯される。

「ああ、気持ちいいですねえ?道満?」

道満と呼ばれた男は既に意識が飛んでいるようで、虚ろな目は天井を映すだけだった。そんな道満を快く思わなかったのか、組み敷く男は子袋に爪を鋭く立てた。

「あ゛、ひぃ……り、んぼ」

意識が少し戻った道満は組み敷く男の名を呟いた。

「お早うございます、道満」

にこり、と微笑んだリンボは深く子袋を貫いた。苦しさに喘ぐ道満を見ながら、満足そうに笑顔を浮かべた。

早く終われ、道満がそう願いながらしばらくすると、リンボは胎内に精を吐き出した。どろりとした違和感に吐き気がこみあげてきた。

「ンンン……今日はこのぐらいにしましょうか」

そう言ってリンボは道満から離れる。ぐちゃぐちゃにされた肉体が徐々に修復を始める。いつも行為をしたあとはまたリンボが楽しめるように体の修復が行われる。ああ、しかし今日は早かった。そう安堵しているとリンボが楽しげに話しかけてきた。

「今日はですねぇ、やってみたいことがありまして……」

道満が怯えながらリンボを見ると、リンボの笑みが深まった。

「嗚呼!そんなに怯えないでください。今日やりたいことは貴方自身には行いません故……」

道満はどこからともなく紐を取り出し、治りかけの体を縛った。そして動けぬよう念を入れて術式を組み込んだ札を取り付けた。随分用心深く縛るものだ。

「ンンン、貴方はそこで見ていれば良い」

何が起こるのか、全く検討がつかない。何を見せるというのだ。また知らぬ子供が虫に喰われる様を見せられるのだろうか。恐る恐るリンボに尋ねる。

「な、何をするというのだ?」

「ン〜!それは見てからのお楽しみですぞ!」

リンボは楽しげに道満に答えた。この辺獄を名乗る者が何をしでかすか、道満には分からなかったが、碌でもないことだけは予想がついた。

「では、お入りください」

そう言うと開かない襖のひとつが音を立てて開く。

そこには悪霊がいた。呪いに呪いを重ね、溢れ出る増悪を纏った骸骨だ。束帯を着ている様子から身分の高かった者が悪霊化したものと思われる。顔の部分には隠すように大きく式神の札が貼られており見ることが出来ない。

ずる、と音がなる。普通の人間と違わず歩いているはずなのに、その一歩一歩が酷く重々しい。

「ンン〜?もしや、こちらが誰かお分かりにならない?」

よよよ、と嘆くふりをしながら、にやり、と気味悪く笑った。隣まできた悪霊の肩に両の手を置き、札を捲った。そこには肉が腐り落ち醜く歪んだ骸骨がいた。それにリンボが何かしらの術をかける。それは徐々に人の肉を顔につけ、よく見知った顔に変わった。優しげな表情を浮かべた老人。そう、それは、かつて藤原道長の呪殺を儂に頼んだ――

「あ、顕光殿……?」

「左様!此方は悪霊左府……顕光殿の成れの果てにて」

そう言ったリンボは顕光――もとい悪霊左府に口吸いをした。

思考が追いつかない。何故、顕光殿がここに居る。

リンボは顕光にかけた術を解き、体を絡ませるように顕光殿を抱き締める。

「ンンン〜混乱されてるようですねぇ?なぁに、至って簡単、拙僧が顕光殿を取り込んだだけのこと」

しれっと言い放つリンボに道満は唖然とした。そんな道満を他所に、リンボはするすると顕光殿の服を脱がせ始める。

「ま、待て!顕光殿は関係ないであろう!儂がどんな相手もするから、頼む、顕光殿は――」

「ンンン〜なりませぬ!今宵貴方に味わって欲しいのは苦痛でも快楽でもない。目の前で愛する人が犯される様を見ていただきたいのですから」

少しづつ服を取り、その骨だけの首に口付けをする。肋骨の一つひとつを丁寧に舐め、少しだけ噛み付く。その刺激に合わせて少しだけ顕光殿の体が震える。脊椎をツー、と人差し指がなぞれば先ほどよりも震えを大きくした。

「あ、顕光殿……」

呼びかければ骸がこちらを向いた。

「ああ、いけませぬ。顕光殿、拙僧を見てくだされ」

首筋にがぶり、と噛み付かれた顕光殿は、大きく震えバランスを崩した。リンボは体を支え何処からともなく敷布団を1枚敷く。そこへ顕光殿を座らせた。

「噛み付かれるのがお好きなようで……それとも、道満が抱かれる度噛み付かれていたのが癖になってしまいましたか?」

爪でカリカリ、と骨盤を引っ掻く。ビクビクと震える様はまるで快楽を知らぬ生娘のようである。

見ていられない。顕光殿は、昔は恋仲にもなった人だ。優しく、穏やかで、同胞を慈しみ、敵を恨み、嫉み、妬み、果てに壊れた人だ。儂の愛した人だ。その人が同じ姿の儂の悪性に犯されるなぞ、耐えられない。

「おや、まだ前戯も良い所、目を瞑られるな」

そう言うとリンボは式神を呼び出した。リンボと全く同じ姿の式神を。

「ンンン、あなたも見てるだけではつまらぬでしょう……」

そう言うと式神を道満に向かわせた。にやり、と笑ったリンボと寸分違わぬ式神は背後に周り、顕光が受けている辱めと同じものを与え始めた。

首元を噛み、胸を肌にそって爪でなぞり、引っ掻く。普段とは違う、苦痛の少ない快楽が体を巡る。

「ひっ、やめろ!顕光殿を離せ……!」

体を動かせないことをいいことに身体中を好き勝手弄る。顕光殿を見れば同じように体をなぞられ、身体を震わせた。甘く、弱い快楽が全身を包む。

これはいけない、頭ではわかっていても普段と違う甘い快楽に流されてしまう。顕光殿を汚させるわけにはいかない。身体は縄と札を無理やり術で壊そうとするが、リンボの式神が阻止する。お仕置きだとでも言うように首筋に噛み付く。

「では、そろそろ……」

リンボは顕光殿の骨盤に己の陰茎を擦り付けた。

「よせ!顕光殿を汚すのは止め――」

「五月蝿いですぞ」

式神が口に指を入れる。ぐちぐち、と弄られろくな声も出やしない。噛みちぎってやろうかと力を込めるがその度に首筋をペロリ、と舐められ力を込めることに集中出来ない。

リンボが顕光殿を押し倒す。足を曲げ、股の間を陣取ると足の甲に1度だけ口付けて、骨盤に陰茎をすり付ける。見るのも正直痛いはずの行為に、リンボのそれは萎えることがない。悪霊を自らの手で犯しているからか、それとも、誰かの愛する人を目の前で陵辱しているからか。

「嗚呼、気持ち良いですぞ、顕光殿」

高揚した顔で顕光殿に接吻をする。歯を舐めとり、舌を入れ骸骨の内を蹂躙する。快楽にピク、と反応しながら震える姿は目に毒だとわかる。

もうやめてくれ、と言えなかった。愛した相手の成れの果てはされるがまま、リンボの行為を甘受している。動けない自分がどうこう言ったところで何も出来ない。無力感が心を支配する。


どのくらい時間が経ったか、顕光殿は黒い身体がリンボの精によって体の殆どを白く穢され、噛み跡を付けられた。自分の拘束は解かれ、顕光殿と二人きりになる。リンボは満足したのか、抱き潰した顕光殿を置いて出ていってしまった。

「……顕光殿、」

床に臥す顕光殿が首をこちらに向けた。巻き込んでしまった申し訳なさで涙が出てくる。

「申し訳ございませぬ、顕光殿。拙僧が……拙僧が、」

じっ、とこちらを見ていた顕光殿が体を起こした。すると、落ちていた顕光殿の召し物を拾い、道満の涙を袖に含ませた。顕光殿の一連の行動に、道満は動くことが出来なかった。死して、悪霊となっても、尚、私を想ってくれるのか、と。

「……、顕光殿は、相変わらず、お優しいのですね」

喋らぬ骸が、少し微笑んだ気がした。